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43 たぶん気のせい

Author: 栗栖蛍
last update Last Updated: 2025-06-24 06:51:35

「どうしたの?」

 広場に着いた瞬間、フワリと甘い匂いが芙美の鼻をかすめた。綿あめのような、砂糖を煮詰めたような、そんな匂いだ。けれどそれはすぐに消えてしまう。

 辺りを見回しても、それらしきものは何もない。気のせいだと思って、芙美は「何でもない」と首を振った。

 9月も終わりに近付いたせいか、山の中はこの間来た時よりもひんやりとしている。なのに二人きりだというシチュエーションに胸がずっとドキドキして、芙美は汗ばんだ掌を強く握りしめた。

「湊くん、修行する? 私ここで見てるよ?」

「今日はそんなつもりで来たんじゃないよ。折角だし少し休まない?」

 クールダウンしなければと思って声を掛けたが、湊は木の根元に腰を下ろして芙美を横の平たい岩へと促した。

 空を仰ぐ湊の横顔に何を話そうか考えながら、芙美は彼の側に座る。ここまでの道中は学校の事や友達の話題が多かったけれど。

「湊くんは、前の世界でずっと戦ってたの?」

 先日見せてもらった魔法やら模擬戦の記憶が蘇って、その事を聞きたくなった。

「そうでもないよ。戦後に傭兵をしてた父に付いて回ってた数年と、ハロンが出たあの時だけ。訓練は小さい時から欠かさなかったけどね」

「お父さんも強い人だって言ってたよね?」

 懐かしむように語る湊が、父親の話題に一瞬眉をひそめた。

「荒助(すさの)さんは、パラディンって分かる?」

「騎士……の称号? 強い人って事だよね?」

 蓮とやったゲームの知識でいまいち曖昧だが、湊は「そう言う事」と肯定する。

「父親がパラディンで、俺の自慢だった。いつかあぁなりたいと思ってたけど、結局追いつけないまま、あの人は死んだんだ」

「……ごめんなさい」

 ラルの父親が戦争の後に亡くなったという話は、前にも聞いている。

「俺が話したくて話したんだから謝らないで。俺が弱いのは事実なんだから」

 苦笑する湊に、芙美はふるふると首を振った。

「父親が死んだあと、俺はリーナの側近になった。父親が生きてたらそうはならなかっただろうし、これはこれで運命なのかもしれないと思ってる」

「湊くんは、戦う事が怖くはないの?」

「怖くないよ。戦ってる時は倒す事しか考えていないしね。けどもし死んだら、あぁ俺は負けたんだって思うんだろうな」

「死んじゃダメだよ。死なないで」

 あまりにも淡々と『死』を口にする湊に、芙美は思わず声を上げた
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  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   39 図書室のアイツ

     お泊り会から、あっという間に10日が過ぎた。特に進展もないまま、いつも通りの日々が続いている。 あの日『好きという気持ち』について咲と話をした。自分なりに出した答えを胸に留めているのは、月末に控えた秋祭りに4人で行く約束をしたからだ。咲に言われた「急ぐ必要はない」という言葉に甘えて、その日までは今の関係を壊したくないと思う。「咲ちゃんは、あれからお兄ちゃんと連絡とってるの?」 お泊り会の帰りに咲が蓮に電話番号を渡していた。恋愛に発展するような出来事はなかった気がするが、実際の所はどうなのか気になってしまう。 咲は「いやいや」と手をひらひらさせて、食べ終わった弁当の蓋を閉めた。「連絡先交換しただけだよ。芙美にもし何かあった時の為だって言っただろ?」 そのまま受け止めれば納得がいくし、幾多のナンパ男を蹴散らして来た咲が特定の男に興味があるとは思えない。「だよね、しかもウチのお兄ちゃんなんてね」 最後に取っておいたウインナーを食べて、芙美は「ごちそうさま」と手を合わせる。連絡先を交換したくらいで、考えすぎだ。「ここの所お兄ちゃんバイト忙しいみたいで、毎晩くたくたになって帰って来るんだよ」「あぁ、夜のコンビニって大変そうだよな」「あれ? お兄ちゃんのバイトがコンビニだって咲ちゃんに話したっけ?」「えっ」 弁当箱をしまう咲の手が止まる。「この間泊りに行った時、本人に聞いたんだよ。芙美、トイレにでも行ってたんじゃないか?」「そっか」 何故か咲が動揺している。「それより芙美、図書室行くんじゃなかったっけ?」「ああっ、忘れてた! 行ってくる」 先日、宿題の資料のために借りた本の返却が今日までだった。朝までは覚えていたのにすっかり頭から飛んでいて、芙美は慌てて弁当箱をしまい教室を飛び出た。   ☆ 高校の図書室が開いているのは、昼と放課後の二回だけだ。電車の時間を考えると、今のうちに返しておきたかった。 生徒数の割に広い図書室には、生徒の姿は殆どない。「お願いします」とカウンターで読書中の図書委員に本を返却したところで、「荒助(すさの)さん」と窓際から突然名前を呼ばれた。クラスの盛り上げ役・鈴木だ。「鈴木くん、読書中?」「うん。昼はここにいるのが多いかな」 午後の授業までまだ時間があることを確認して、芙美は彼に近付く。二人きりで話

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